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祇園祭の24日にだけ扉が開かれる、大政所御旅所(おおまんどころおたびしょ)

17日の神幸祭で、八坂神社の神霊が3基の神輿(中御座、東御座、西御座)に移され、
祇園社の御旅所(四条寺町)でお迎えします。
24日の還幸祭で、その神輿が、御旅所から八坂神社へ帰られます。

御旅所はかつて2か所あり、それは現在地とは異なっていました。
中御座と西御座が渡御する大政所御旅所(烏丸高辻)と、
東御座が渡御する少将井御旅所(烏丸竹屋町)があり、
これを豊臣秀吉が統合し、1591年に現在の地に移設させました。
少将井は今は井戸跡だけ残り、小祠は京都御苑内の宗像神社に移設されています。
大政所は、烏丸高辻にありますが、1536年に騒乱で焼失し、その後小祠を建てられました。

DSC07898-2.jpg

DSC07904-2.jpg
説明にはこのように書かれています。

ここは祇園祭(八坂神社の祭礼)の神輿渡御のとき、三基の神輿のうち、
大政所(素戔嗚尊)神輿と八王子(八柱神子神)神輿の二基が安置される場所であった。
残る少将井(櫛稲田姫命)神輿は、中京区の烏丸竹屋町の御旅所に渡御していたが、
天正19年(1591年)に豊臣秀吉により、四条寺町にある現在の御旅所に移築・統合された。
円融天皇の時代(969~984)に、この地に住んでいた秦助正が、
夢の中で八坂大神の信託を受け、また自宅の庭から八坂神社まで蜘蛛の糸が引いているのを見て、
朝廷にこのことを奏上した結果、助正の家が御旅所となったという。
天文5年(1536)に騒乱のため焼失したが、その後に町の人々が小祠を建て、
八坂大神を奏祀し、大政所町鎮護の社として毎年7月16日を例祭日と定めた。
今でも神輿還御の時には神輿が立ち寄り、神職が拝礼する。 
【京都市】

また、平成4年7月に説明が追加されています。

祇園祭の山や鉾は籤をひいて巡行の順番を定めるが、
長刀鉾は籤をとらず巡行の先頭を進む古例になっている。
その鉾の先にある長刀は、三条小鍛冶宗近の鍛えたもので、
八坂皇大神の霊威やどるところ、これを拝する人は疫病災難にかからぬと傅えられ、
毎年7月15日夕刻この長刀を唐櫃におさめて、
長刀鉾町からお稚児さんとともに行列を建て大政所の社にうつし、
7月16日に厄除祈願のため一般の人々の拝戴を許す例になっていた。
現在では7月16日午前9時御列祭を執行し、24日夕刻還幸祭に御神輿の渡御がある。
【大政所】

※ちなみにこの「大政所神剣拝戴」という神事は、
かつて行われていましたが、現在は行われていません。

いつからなくなってしまったのかも、今のところ記録が見当たりません。
どんなものだったのか見てみたいですね。

DSC07899-2.jpg
大政所御旅所旧跡と書かれています。

DSC07905-2.jpg
「八坂神社」が「八阪神社」となっています。
調べてもわからず・・なぜなんでしょうね。
比較的新しそうに見えます。

DSC07907-2.jpg
八坂神社の神紋です。
右:「五瓜(ごか)に唐花(からはな)」

織田木瓜(おだもっこう)ともいいます。
この木瓜という紋は、御簾の周囲に張り巡らされた「帽額(もこう)」からきているといわれています。
「キュウリ」の切り口に似ていることから、祇園祭の期間中、山鉾町の人たちはキュウリを食べない、という言い伝えもあります。
これはキュウリではなく、「マクワウリ」である、という説もあります。

私はやはりキュウリだと思っています。
木瓜をそのまま読んでもキュウリですよね。
キュウリの原産地は、ネパールや北部インドといわれていますが、
野生のキュウリは食用に適さず、平安時代はとてもまずくて食べられないものだったようです。

八坂神社の祭神素戔嗚尊と牛頭天皇が同一視されており、
この牛頭天皇がキュウリが好物だといわています。
皆がまずいというものが本当に好きだったのでしょうか?
おそらく、そのくらいしか食べられなかった、つまり蔑まれていた。
だからこそ怨霊となり、神として祀られたのだと、私はそう思います。


左:「左三つ巴(ひだりみつともえ)」
こちらは八幡神社関連の神紋です。

DSC09250-2_20150725120850027.jpg
7月24日還幸祭。
この大政所に、神輿が3基とも立ち寄り、拝礼をされます。
写真は、西御座(錦/八柱神子神)。
19時15分~30分頃でした。

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普段閉ざされている門が、この日だけ開かれます。

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プロフィール

萩野 桂(はぎのけい)

Author:萩野 桂(はぎのけい)
京都在住。12月8日生 射手座 B型

亡き祖父である八木毅は、シェイクスピアの研究者で、英訳「アセンズのタイモン」他英訳本を出版。その傍ら、八木絵馬の名で俳句本も出版。そんな祖父の影響を受け、シェイクスピアに幼少より興味を抱く。また谷川俊太郎氏などの影響を受け、詩を書くようになる。
少しでも何かを感じて頂ければ嬉しく思います。

<出版>
新世研「ぼうけんだいすき」(絵本翻訳)
新風舎「たからのはこ」(詩集1編)
新風舎「ゆめのたね」(詩集2編)
新風舎「きみのかけら」(詩集3編)

<賞>
2006年文芸社 VA出版文化賞 ポエトリー部門特別賞
最近応募していませんが、また挑戦するため、ブログの一部を非表示にしています。

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